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巨人の歯

 

 

ある日、東のほうから巨人の歯が飛んできて、川に落ちた。

歯は大きな飛沫をあげて、真っぷたつに割れた。

ひとびとは包帯で割れ目をつなぎとめ、ふたたび川に流すと、

歯のなかの空洞について口々に話をはじめた。

 

「あの歯の持ち主は虫歯だったにちがいない。」

「膨大な量の象牙質を節約するために、巨人の歯は中空構造になっているのではないか。」

「いや、あれは歯の形をした古代の遺物なのだ。」

「歯が割れるなんて、なにかのお告げだろうか。」

「もしかしたら隕石なのでは?」

「そんなことより、持ち主は歯を探しているかもしれないな。」

 

でも、(これは内緒の話だけど)私だけがほんとうの理由を知っている。

歯が空洞になっているのは、みんなの想像をつめ込むためなのだ。

 

だから、もし歯が割れてしまってもかなしむことはない。

なぜって、そんなとき歯は、きみをのせていきたいのだから。

きみは、ありったけの想像力をのせて、舟を海へ流せばいい。

 

それに、川底をみてごらん。

あのときの歯のかけらが、いまでもキラキラひかっているよ。

それはきっと、目を凝らさないとみえない、巨人のちいさな足跡なのだ。

 

 


 

 

きみの石

 

 

きみは時々、大切なとっておきの石をみせてくれる。

わたしはいつも、壊さないようにそっと触れる。

 

 

あの子は誰にでも、とっておきの石を見せる。

自分のとっておきが、誰かのとっておきになるとうれしいから。

 

あの人は、誰かのとっておきの石を見るのが好き。

とっておきの石を見せあえるくらい、仲良くなれたと思うから。

 

あいつは、とっておきの石を誰にも見せない。

でも、もし誰にでも見せているどうってことないような石が、

あいつのとっておきだったらどうしよう。

 

彼女は、誰かの石を見るのが好きじゃない。

みんなきれいで、少しこわくなるから。

 

彼には、とっておきの石がない。

そのことが、彼の大切なとっておきだったりする。

 

別の彼にとっては、自分の石がいちばん美しい。

ガラスケースにいれて、毎日眺めるのが好き。

 

別のあの人は、とっておきの石を手元にとっておかない。

離れていたほうが、大切にできる気がするから。

 

また別の彼は、とっておきの石をたくさん持っている。

そしてその全部の石が、同じくらいとっても大切。

 

また別の彼女は、自分のとっておきの石が嫌い。

でもどうしたって大切だから、かんたんに捨てることはできない。

 

 

わたしは時々、大切なとっておきの石を見せる。

きみはいつも、壊さないようにそっと触れる。