電話

2023.06.03

写真の展示を見るために

すこし遠出をしようと住んでいるビルを出る。

日傘を刺した叔母さま2人が嬉しそうに、

私が出てきた建物に向かって手を振っているのを見かけて

 

振り返って上を見ると、

家の下に事務所を構えている大家さんが

仕事机に座って、その2人に手を振っていた、

 

私も大家さんと目があったので、

大きく腕を上げて手を振った。

 

電車を乗り継いで、少し遠い街に着く、

 

展示を見たあと、

受付の人が勧めてくれたのでその場で何冊か写真集を見る。

 

自分が昔フィルムで撮っていたものと

同じものを撮った写真を見ると、

とても嬉しいから話をするような気持ちで

写真集を捲る。

 

それらの写真を見ていると

東の好きな場所のことが浮かんだので電車を調べると

日が登っている時間に絶妙に間に合わなさそうなのでやめた。

 

そこからふらふらと

散歩をして喫茶店を探す。

 

良さそうなところがあったので入ると

ドア前で入るタイミングが

ほとんど一緒になった人と私を見て、

初老のマスターが連れだと思ったのが縁で、

同じ席に座ることになった。

 

4人席に2人で向かい合って座る。

 

思いついたことをメモしようとして

さっき買った黄色いノートを開きながら

盗み見るように向かい合ったその人を見る

 

その人は黒い髪の毛を一つに束ね、

 

白いジーンズ地の少しオーバーサイズの羽織を着ていた。

 

表面に掘られたように

何かが描かれたジッポで

タバコに火をつけていた。

 

その指先は、少し長く

先端は綺麗に切り揃えられており

何も塗られてなかった。

人差し指と親指の爪だけは別で

その指先の爪はとても短かかった。

 

銘柄は大学の頃に、

お世話になった先輩と同じだったので、

気が合いそうだなと思った。

 

見つめるのも気まずくなって

席の右側を見ると

柱の近くに、昔通ってたバレエ教室と

同じ型の薄ピンク色の

(1から0までのところに穴が空いていて、指でダイアルを回す)

 

昔ながらの電話があった。

 

同じ机の壁際に、

品のいい楕円の鏡が立てかけられていた。

 

しばらくお互い無言でそれぞれの過ごし方をしていたら、

アナログな音が鳴った。

 

「電話がかかってくることもあるんですね」

 

お金を入れるタイプの公衆電話のような

風貌の電話だったので、

向かいのその人がそう思うのにも頷けた。

 

マスターは電話口の相手に

「はい、タバコ吸えますよ」と答えていた。

 

少し空気がくだけて、その人と向き合うと

「お仕事は何されているんですか?」

と質問された

こちらに来てから

あまり耳にしない質問だったし、

ましてや日が登ってる時間に

あまりされたことのない質問だったのが

新鮮だった。

 

そこから限られた時間で

お互いの話や作品の話をして、

 

「電話が鳴ってよかったですね」

と言って互いにすこし笑った。

 

もうすぐ仕事の時間らしく、

またゆっくり飲みましょうと約束をして、

その人を見送った。